天璋院篤姫

江戸幕府13代将軍徳川家定の御台所。
家定が亡くなった後、落飾して天璋院
実家の島津家が、嫁ぎ先の徳川家を打倒すると言う悲劇の中、徳川家の救済、仲が悪かったとされる15代将軍徳川慶喜の助命を実家に嘆願するなど、徳川の女として激動の時代を生きた女性。
幕府消滅後、徳川家の援助を受けながら東京で暮らしたが、かんり生活は困窮していたそうです。
48歳で亡くなったとき、その所持金は3円(現在の価値では数万円程度)だったそうです。
実家の島津家からの援助は一切受けなかったそうだ。
西郷隆盛江戸城総攻撃を思い止まらせたという直筆の書状が、初めて撮影を許可され、今夜NHKで放送された。
1300文字にも渡る長文で、切々とした思いが綴られていました。
風林火山」が好調の大河ドラマですが、来年は、この「篤姫」が放送されます。
260年続いた大奥の最期を看取った天璋院が、どのように描かれるか楽しみです。